ブラザー軒

菅原克己の詩。1958年12月飯塚書店発行の「日の底」所収。
仙台の七夕の夜、ブラザー軒で氷水を食べる亡き父と妹の姿をみるという内容。このブラザー軒は1902年創業の洋食の店(後に中華もあつかう)。仙台市青葉区一番町にあった。いまは閉店しているそうだ。(このあたりネット情報)。

この詩に高田渡が曲をつけ、CD「さびしいといま」のカップリングとして1997年に収録。ちなみに「さびしいといま」は石原吉郎の詩にやはり高田渡が曲をつけたもの。

(YouTubeブラザー軒)

淡淡と語られる静かな詩に、淡淡と歌う高田渡がぴったりあっている。このあたりの感動について、いずれ語れるようになりたいものだ。


雪というものには音がない
わけではない

雪は傘に
ふされ、ほそら、くすり、と降りてくる。

ぼもそ、ぬくに、ぐぐる

だんだん重くなってきて
ついに、ずぞぞぞ、と滑り落ちる。

雪というものには音がない
わけではない

というわけだ。

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教室農場

一日中蛍光灯を浴び
自分たちの人生を
規格通りに育てていく
子どもたち

凝視する教科書
凝固する思い

つぎつぎと黒板に「真理」が書き込まれ
こくこくとノートに写し取られていく

あふれかえる「真理」で
心のボタンが閉まらなくなった

弾け飛ぶボタン
のような
眠気

窓枠のすき間からは空も見えない

何を望むのか
何が望むのか
何に望むのか

ここにいるのは「自分」ではないらしい

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